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2011-04-28

飛行神社

 こんにちは、一休です。早いもので4月も終盤となりました。東日本大震災による影響により、いまだ被災地では予断を許さない状況ですが、やまちやとしても何ができるかを考え、5月中に、被災地復興キャンペーンを催すこととなりました。微力ながら復興のお手伝いが出来れば、と考えております。

さて、京都には本当に様々な神社があるのですが、今回はその中でも特にユニークな神社の一つを紹介させていただきます。それは、京都府八幡市にある神社で、その名も「飛行神社」。なんとここは、飛行機などの航空関係に縁深い、日本で唯一の航空安全祈願の神社なんです。では、なぜ、このような神社が京都にあるのでしょうか?

 まず、この飛行神社の建立者は二宮忠八といい、実はライト兄弟が世界初の有人動力飛行に成功する12年も前に、動力飛行の原理を研究、プロペラ機の模型飛行を成功させた人物なんです。その後彼は、ここ八幡市を拠点に、人が乗れる飛行機の研究に没頭していくのですが、明治36年に前述の世界初の有人飛行が成功したことを知り、失意のうちに飛行機の開発から離れます。しかし、飛行機の発明以来、多発する航空機の事故に心を痛め、「飛行機開発に携わった者の責任」として、大正4年に自宅邸内に社殿を建立し、犠牲者の霊を祭ったのが、この飛行神社の起こりとされているんです!

 さて、そんな飛行神社。百聞は一見にしかずということで、実際にどんな神社なのか、お参りに行ってみました! 航空機によく使われるジェラルミン製の鳥居をくぐると、境内には、ジェットエンジンや零戦のプロペラなどが置かれています。これだけでも他の神社とは一線を画すユニークさですが、さらに印象深いのが拝殿が西洋風であること。頭上のステンドグラスと、太く白い柱はまるでギリシャ神殿のようです。宮司さんいわく、「ギリシャ風というわけではなく、全世界の航空事故で亡くなった方を祀っているので、外国の方も参拝しやすいように、西洋風にしているんです」とのことです。事実、英語をはじめ、様々な言語で書かれた絵馬もちらほらと目に付きました。う〜ん、なんてワールドワイドな神社なんでしょうか。

飛行神社
(西洋風の拝殿)

 なお、拝殿の奥には、資料館も併設されており、忠八の飛行機に懸けた生涯と航空機に関する資料がズラリと展示されています。それらを眺めていると、ついつい頭の中に歴史の「もしも」が浮かんできます。「もしも忠八がライト兄弟に先んじて、飛行機の開発に成功していたとしたら?」。ここ京都・八幡の地が、飛行機誕生の地となっていたかもしれません。そう考えると「京都というところは本当に様々な歴史と可能性があった土地なんだなぁ…」と、改めて実感させられます。そんな、京都の秘められた歴史と可能性、今後も皆様に向けてどんどん発信させていただきます!

2011-04-14

1000年の歴史

みなさん、こんにちは。龍馬でございます。東北地方太平洋沖地震の発生から、早くも1ヵ月が経ちました。未だに余震が発生する日も少なくないなか、不安な毎日を過ごしてらっしゃる方も多いのではないかと思います。遠く離れた京都からは、募金や節電など限られたことしかできませんが、やまちや店員一同、できるかぎりお力になりたいと思っております。

さて、突然ですが、みなさんはこの神社をご存知ですか?


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京都府宇治市にある「宇治上神社」という、少しこじんまりとした神社。実は1994年に金閣寺や銀閣寺、平等院や二条城といった、名の通った寺社仏閣と並び、世界遺産に登録されました。当時は「どこの神社ですか?」という問合せも多くあったのだとか。
しかし、宇治上神社は建築学的にはとても貴重な場所。というのも、現存する神社では、日本最古の建物だといわれているからなんです。以前より、「その様式から平安時代の建物だろう」という推測はされていましたが、2004年に年輪年代法という方法で測定された結果、本殿は1060年頃、拝殿は1245年頃に建てられたと判明しました。なんと1000年もの間、焼けることも、朽ち果てることもなく存在し続けているんですよ。本当に驚きますよね。


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「拝殿」

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「世界遺産に登録されている本殿」

ちなみに、境内には宇治七名水のひとつである「桐原水」があります。他の宇治七名水は枯れあがっているので、現存するのはここの水だけなんです。これも宇治上神社のご利益なのかもしれませんね。

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2011-03-31

清水寺の「青龍会(せいりゅうえ)」

 こんにちは、一休です。先の東北地方太平洋沖地震は、東北出身である私にとって、とても他人事とは思えず、毎日のニュースを悲痛な思いで見ています。そんな中、京都では、年中行事が自粛されると同時に支援の催しが開かれるなど、被災地の復興に向け、各所で様々な活動が始められています。例えば、京都随一の観光地“清水寺”もその一つで、被災者のための追悼法要が、毎朝営まれているそうです。

 そんな清水寺では、毎年3月15日〜17日の間に「青龍会(せいりゅうえ)」という行事が催されています。これは、清水寺のご本尊である観音様の化身「青龍」が、従者や神仏をひきつれて、人々の幸せと良縁を祈願しながら、同寺の境内から参道、お土産屋が並ぶ清水坂までを練り歩くもので、この過程を「行道」と呼ぶそうです。なお、今回は特別に、被災者を見舞う看板を掲げながらの行道となるそうで、私一休も、東北地方の復興を祈願するために参列してまいりました!

 さて、清水寺に到着した一休が目にしたのは、平日とは思えないほどの黒山の人だかりでした。その人ごみをかき分け、青龍会の開始時刻である午後2時を迎えると、まず姿を現したのが「転法衆(てんぽうしゅう)」と呼ばれる一団で、ほら貝を吹き鳴らしながら、行道の先触れを行います。さらにその後に、従者や様々な神仏が次々と続き、「南無観世音菩薩(なむかんぜおんぼさつ)」を唱えながら祈祷する、「夜叉神(やしゃじん)」の一団が前を通った時には、参列の人々も一様に合唱し、被災地の1日も早い復興をお祈りしているようでした。

転法衆

 そんな夜叉神の後に、いよいよ青龍が登場したのですが、その頭部と身体を覆う約8千枚のウロコには、びっしりと経文が書き込まれた和紙が使用されており、京都の伝統工芸の技を集めた精巧さに、思わず目を見張ってしまいました。しかも、その長さはなんと18メートルもあるそうで、操るのは10人がかりという巨大な龍が、かけ声に合わせて身体をくねらせながら宙を舞う姿はまさに圧巻でした! なお、青龍会は、平成12年3月のご本尊開帳を記念して始まったもので、長い歴史のある京都ではまだまだ新しい行事なのですが、だからこそ、従者の衣装にデザイン性の高いものが使用されるなど、様々な試みが盛り込まれているのを感じました。

青龍

 ところで、青龍会のような行事があることからも分かるとおり、清水寺はとても龍に縁深い神社です。その由来は諸説あるのですが、その中の一つに、風水の教えである「四神相応」に基づくものがあります。この「四神」とは、東西南北の四方を守護する「青龍、白虎、朱雀、玄武」のことで、各方位にこの四神が司る「川、大地、道、山」が存在する環境を「四神相応」といい、風水的に最良の環境とされています。実は京都は、この条件にピッタリ当てはまる土地だったことから、都が置かれたといわれているんです。そして、今回ご紹介した清水寺は、青龍の守護下にある京都の東側。さらに、豊富な水に恵まれているということで、青龍に縁があるのも納得ですよね。なお、今回、一休が参加した青龍会は、4月3日(清水の日)にも開催されます。この地から送る復興への祈りが、被災地にも届くことを強く願っています。

2011-03-17

古都に残る耐震術

 皆さま、こんにちは。やまちやの都です。3月11日に東北地方で起きた、宮城県の三陸沖を震源とする大地震から、早くも一週間が過ぎようとしています。大半が、平成7年の阪神大震災を経験しているやまちや店員をもってしても、今回、被災された皆様の不安と悲しみに満ちた心境は、想像に余りあるものに違いありません。被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 さて、歴史的な建造物を数多く誇るこちら京都ですが、実は地震の要因となる複数の活断層が存在し、大地震の危険をはらんだ土地であることがわかっています。現に大災害とまではいかないまでも、中規模な地震はたびたび観測されており、その度に文化財等の保護が叫ばれているのが実情です。しかし、そうした土地であるからこそ、古来から様々な耐震術が編み出されており、今回は、その一部についてご紹介したいと思います。

 ではまず注目したいのが、京都のイメージ写真などでもよく使用されている、東寺の五重塔です。

五重塔

 木造建築物として、日本一の高さ55メートルを誇るこの塔。外観だけを見ていると、とても不安定に感じますが、長い歴史の中で、地震で倒壊したことはナント一度もないのだとか。それは、塔の5つの階層をそれぞれ別で組み上げ、簡単な釘打ちと切り組みだけで積み重ねる柔構造をとっているからで、これにより地震のエネルギーは、各階の境目で分散・吸収される仕組みとなっているそうです。

 また、五重塔とは異なる方法で地震に備えているのが、京都の東山にある三十三間堂です。千体の千手観音像で有名なこのお寺は、基礎地盤を砂と粘土を層状に積んだ「版築(はんちく)」にすることで、地震時の地下振動を吸収し、衝撃を緩和しています。さらには、柱や梁をあらかじめ「揺れる前提」で建築していたり、崩れやすい土壁の面積を極力小さくして「羽目板形式」を採用するなど、随所に耐震への工夫が凝らされているのです。

 前触れなく訪れ、私たちの生活に大きな傷跡を残していく災害。ついつい普段の生活の中でその脅威を忘れてしまいがちですが、今回ご紹介した建造物のように、過去の教訓を活かし工夫することで、守ることができるものも多々あると思います。今回の悲しい出来事も決して風化させず、第二、第三の悲しみを生むことが無いようにしていきたいですね。被災地の1日も早い復興を心よりお祈りしております。

2011-03-03

季節を告げる花簪

 皆さま、こんにちは。やまちやの都です。今年の冬は全国的に大雪が続き、寒さに悩まされましたが、ようやく春の兆しを感じる季節となりました。こちら京都でも、街のあちこちで花の蕾がほころび始めており、街も心も華やぎを見せています。

 さて、そんな京都では、実は季節に関係なく、旬の花の美しさを堪能できるものがあります。それがこれ↓

花簪


 そう、舞妓さんの花簪です。この簪には、その名のとおり、羽二重の生地を細工した季節の花があしらわれているんですが、季節感を損なわないよう、月ごとに題材となる花が決まっているのだとか。

ちなみに、どんな花が題材になっているかというと、今月3月なら菜の花・水仙・桃、4月は桜や蝶、5月で藤や菖蒲、牡丹、6月は柳と紫陽花という感じ。さらに続けると、7月は朝顔、団扇、祇園祭、8月でススキと朝顔、9月は桔梗と萩、10月は菊、11月紅葉、12月はなんと歌舞伎で有名な「まねき」ともち花、竹矢来で、1月は特に決まりはなくお正月らしいものを、2月は梅という具合なんだそうです。つまり、舞妓さんの花簪を見れば、その季節を知ることができるというわけなんですね。

さらに、この花簪。その大きさや種類で、つけている舞妓さんの経験までわかってしまうのだとか。基本的には年少(お店に出てから2年程度)の舞妓さんたちは、上記の花やあしらいなど、型どおりのものをさすのですが、年長の舞妓さんたちは、同じ花でも大きくあしらわれたものを身につけ、「可愛らしさ」から「堂々とした華やかさ」を演じるようになるそうです。さらに自分で意匠の注文もできるそうで、経験を重ねた舞妓さんの中には、斬新なあしらいに挑戦する妓までいるといいます。

 さて、今回ご紹介した花簪は、凝りに凝られた舞妓さんの装束の中のホンの一部に過ぎません。華やかな装いに隠された一つ一つのあしらいの意味を探っていくと、もっと驚きの発見があるのかも…。そんな驚きを機会があればまた、ご紹介していきたいと思いますので、どうぞお楽しみに!

2011-02-17

巨大餅に願いを込めて

皆さん、こんにちは! 龍馬でございます。最近、全国的に雪が降るなど寒い日が続いていますが、体調をくずされないように気をつけてくださいね!
さて、京都にはたくさんの寺社があって、各寺社ごとに無病息災を願う、個性豊かな行事があります。そこで、本日のほっこり便りは、その中の1つである、力を込めて健康を願う行事「餅上げ力奉納」をご紹介したいと思います!
その舞台となるお寺は、伏見区にある醍醐寺。実はこのお寺、伏見区の東に広がる醍醐山に、なんと200万坪以上の広大な境内をもち、世界遺産にも登録されているんですよ! そんな醍醐寺の一大行事が、「五大力尊仁王会(ごだいりきそんにんのうえ)」という、毎年2月に行われる法要です。これは、醍醐寺が開山してから続いている法要で、なんと1000年以上の歴史があるのだとか。なお、この日に配られる、災難・盗難除けの身代わり御霊符「分身御影」は、醍醐寺の僧侶たちが7日間に渡って祈願し続けたありがた〜いお札。法要当日は、このお札を求めて、全国からたくさんの参拝客が訪れるのだそうです。
そんな法要で近年、話題となっているのが「餅上げ力奉納」。これは直径1m以上の巨大な鏡餅を抱え上げ、その時間を競うという行事で、その重さは男性で150kg、女性でも90kgもあるんだとか! なお、ご利益としては、その怪力をご本尊である「五大明王」に奉納することで、1年間を健康に過ごせるといわれています。そもそもこの行事は、戦後の物資不足の時期に、檀家たちがご利益を授かれるようにと、お米を持ち寄り大鏡餅を供えたのが、始まりなんだそうですよ。


巨大餅


ちなみに、今までの最高記録は、男性15分間、女性が8分間という、驚きの記録! しかも、女性の新記録は、昨年30代の女性が更新したばかりだというからビックリですよね。ちなみに、餅上げの最高記録保持者には、「横綱」という称号が与えられるそうなんです。
皆さんも150kgのお餅を…とまではいいませんが、重い物を持つには丈夫な足腰が必要です。それも付け焼刃で身に付くものではありませんので、日々のケアを心掛けてください。これでまた京都ツウに一歩近づきましたね!

2011-02-03

ひょうたん寺

 皆さま、こんにちは。やまちやの都です。もう立春のはずなのに、まだまだきつい冷え込みが続く今の時季。本来なら暖かい家の中にこもって、寒さを忘れてしまいたいところですが、今を逃すと来年までご利益を授かれない! そんな不思議なお寺が、こちら京都にはあるのです。

 では、そのお寺はどんなところなのか? 実は、京都市上京区に位置するそのお寺。正式名称を「福勝寺(ふくしょうじ)」といい、京都人の間では、「ひょうたん寺」という愛称で親しまれています。このユニークな通り名は、同寺に昔から伝わるひょうたんのお守りから名付けられたもので、ひょうたんの連なった丸みが、2つの重なり合った宝珠を意味しているんだとか。なお、このお守りの元となった宝珠は「如意宝珠(にょいほうしゅ)」というもので、この玉を拝めば金銀財宝に恵まれるほか、貧苦が福徳に、七難が七福に転ずるとされている、万能神玉なんですよ。

 ちなみにその霊験はあらたかで、寺の縁起では、鎌倉幕府を開いたことで有名な源頼朝が、このお寺のお守りを得たことで将軍の座に就いたとされ、あの天下統一で名を馳せた豊臣秀吉(太閤さん)も、出陣のたびに「ひょうたん寺」を祈願したことで、天下をとったと記されています。特に秀吉は、同寺の熱心な信奉者で、ここに奉納したひょうたんを用い、後に彼の旗印となる「千成ひょうたん」を誕生させたというから、驚きですよね。

 さて、話は戻りますが、そんな「ひょうたん寺」の山門が、1年に1度だけ開かれる節分の日。実はこの日こそ、ひょうたんのお守りが唯一授受される、とても貴重な1日なのです。しかも、この時に授受されるひょうたんは、「如意宝珠」とこのお寺の祭神でもある「歓喜天(かんぎてん)」の秘法を7日間ご祈祷したもので、その威力は絶大! 今でこそ混乱を避けるため、予約制になったそうですが、昔は開門前から行列ができるほどの人気ぶりだったそうですよ。

ひょうたん

 源頼朝や太閤秀吉など、歴史上の偉人をも魅了したひょうたんのお守り。寒さに耐えてやまちやが手に入れたなら、どんなご利益があるのでしょうか? 願わくば、「やまちやの発展=健康なお客様の増加」でありますように。そんなことをふと考えた、今回のお話でした。
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